生産者を訪ねて: 2005年11月アーカイブ

1131534035.jpg11月の初め民話の里、遠野暮坪に暮坪蕪の商標登録をとり生産販売をしている理事長の菊池万太郎さんに会いに行って来た。今日は驚きと感動の連続だった。何からお話をしたら良いのだろか。暮坪蕪は400年の歴史があり、昔は漬物として地元の人が食べていたらしい。特にお産の前後は暮坪の古漬と味噌汁、御飯のみしか食べなかったとも言っていた。体内の毒素が出るのらしい。暮坪蕪を薬味としての特性を見出した菊池さんが販売を始めたのは平成元年、当初はまったく売れず、又営業等の出張費等がかさみ破産近くまで追い込まれる等、暮坪と運命を共にして来た菊池さんの言葉の一言、一言にとても重みを感じた。暮坪蕪ってどんな蕪?「そうですね」葉が蕪で根が曲がり小大根とでも言った方が良いのかな〜畑で色んなお話を伺った、暮坪畑は殆んど農薬を使わない、雨が多いとどうしても、なんぷ病が出るらしい、収穫した4割位は商品にならないと言っていた。この暮坪蕪は必ず連作障害になり一度耕作すると5年間はこの圃場使えないとも、まして根コブ病になると何と20年間もこの圃場で暮坪蕪が出来ないそうだ。「何と言う事だ!」ここの暮坪畑の土壌研究をしに大学教授や博士が何年もかけ何十人と来て調べたが何故連作障害が起こるのか原因はまったく分からないらしい、もうここまで来ると今までの経験と自分を信じて作るしか無いと言っていた。それと暮坪蕪はこの暮坪地区にしかこの辛味が出ないとも言っていた。神秘的でこれこそ幻の蕪と言って良いだろう。帰りに袋一杯暮坪蕪を頂いてきた。ホテルに帰り早速試食して見た、この辛さと風味青々した蕪が俺の舌を満足させている。
1130824806.jpg10月28日江刺米里でリンゴ生産者(米里リンゴ生産組合)代表 昆野祐一さんに会いに行って来た。偶然にも、昆野さんの娘さんが当ホテルの従業員なので休みを利用して彼女に協力をしてもらった。俺の自慢の愛車(ランドクルーザ)で米里の自然を見ながら25分、山の中に平らな広々としたリンゴ農園があった。農園に着いても人影が見えない。恵ちゃんがお父さんと小さく叫んでも農園のラジオに消される始末、仕方なく二人で人を探して農園の道を歩いた、道端に真赤な(ふじ)が俺に美貌を見せびらかす様に連なっている。食べたい、今すぐに、待て、待てと俺の舌が言っている。15分位歩いていたら、ず〜と向こうにトラクター、いたいた、四、五人いてジョナゴールドの収穫最中だった、簡単な挨拶をし、リンゴのお話を聞いた、今から23年前に5人で始めたと言っていた。品種は、つがる、王林、ふじ、ジョナゴールド等でリンゴの葉は甘味を製造する工場なのでとても大事とも言っていたな、太陽が浴びないと赤くならない為、玉まわしをして綺麗な色をだすとも言っていた。夜寒く、昼暖かいととても甘味があるリンゴが出来るそうだ。特にここのリンゴは味が濃いと言っていた、代表の昆野さんは急に会議が入ったとの事なのでお話はこの辺で切り上げて来た、帰りにはリンゴを四種類程頂いた、早速厨房に来てから食べてみると、甘味と酸味が程よくとても濃い味がした、さすが江刺リンゴ、うまいこのリンゴをワインで味付けし和食の料理にと考えた。

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